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『海街diary』吉田秋生/小学館刊

漫画家として30年超のキャリアを持つ吉田秋生、ボクが夢中になって読んでいたのは中学生の頃だったか…『十三夜荘奇談』あたりの短編集から『河よりも長くゆるやかに』まで、その後の『BANANA FISH』などは、絵柄がそれまでの写実的でちょっとマイナーな雰囲気のある線から、割り切ったようないさぎよい線になってしまった事もあってパタッと読まなくなってしまった。それから、20数年…一昨年あたりから近作の良い評判を見かけるようになり、この本を手にとった。

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はじめは、「え、今度は山下和美?」という感じで絵柄に戸惑ったが、ドラマの丁寧な組み立てや、それぞれのキャラクターの魅せ方など「さすが」という感じでグイグイと引き込まれていった。次女・佳乃にピントを合わせ始まったドラマは、家族全体へと視点が広がり、腹違いの末娘・すずの物語にズームされてゆく…登場人物は多く、舞台も鎌倉の街を大きくとらえているので複雑だが、読者を無駄に混乱させないのは長く第一線で活躍する作家ならではの技術だろう。

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作品のそこここで感じるのは、そんな吉田秋生の漫画家としのキャリア…もそうなのだが、それ以上に人間としての年輪が作品にもたらしているリアリティ。OL、少年サッカーチーム、親類との距離感、そして医療の現場の患者・医師双方の立場からの感覚…それぞれ、本やTVから得た知識というより、自身の経験からその観察眼が拾い上げた“雰囲気”をドラマの中に落とし込む事に成功している。現行最新刊である2巻後半、長女・幸にピントを合わせた物語も、スタンダードではない(しかし現実世界では、決して珍しくない)母娘関係をそれぞれのキャラクターが強い説得力を持って振る舞い、深い感動のドラマを作り出している。

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看護士である長女・幸の説得力あるセリフ

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ぶしつけだが人の良い大叔母と、気丈な末娘

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吉田秋生の漫画には、よく困り顔の男性が出てくる。「えっ!」と驚き「は?」と戸惑い「やれやれ…」となるのだ

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『自分ちで作った梅酒』に憧れてたというすずの真意を知り「来年はすず用のアルコール抜き梅酒を作ろう」と提案する姉達。そして、ストレートに喜びを表現するすず。自分が大人でいなければならなかった環境の中で、子供心を殺していたすずの素直な感情、そしてそれを同じく素直に受け入れる家族たち…そんなドラマが、読んでる者の心をジンワリと暖める。

思えば、ガラリと絵柄が変わったあの時、吉田秋生は自分の資質を絵描きでなく漫画描きだ!と“腹を据え”た瞬間だったのではないだろうか?絵の優劣と人気が直結しない漫画の世界で、時としてデッサンや描き込みなど絵のクオリティよりリズム感や勢いの方が大事とされる漫画の世界で、「自分は生きていくのだ!」と強く決心した瞬間だったのではないだろうか?

集中して読んでる時は気づきにくいが、この単行本のページを無心でパラパラしてみると、キャラクターの動きの大きさとセリフの多さに驚く。これだけの情報量、どっかでリズムがチグハグになったら途端に読者の心は醒めてしまうだろう…これこそが吉田秋生の漫画力、“腹を据え”て20数年その道を突き進んできた漫画家の底力ではないか?…そんな風にボクは思いました。

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もちろん、線が細く影のある二枚目も出てきます。お約束!